細胞変性効果(CPE)について深掘りしてみました
このページでは、山形県衛生研究所のウイルス分離培養従事者が考える細胞変性効果(CPE:Cytopathic effect)観察のコツなどを紹介します(ウイルス検査従事者向け)。ウイルス培養を実施する上での参考になれば幸いです。
また、細胞変性効果に関連したコンテンツを随時公開しておりますので、このページと合わせてご覧ください。
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2024.3.5 公開
検体からのウイルス分離培養方法と細胞の観察方法
当所でのウイルス分離培養をイメージしてもらうために概要を紹介します。マイクロプレート法により96ウェルプレートにHEF、HEp-2、VeroE6、MDCK、RD-18S、GMKの6細胞を培養し、呼吸器検体からのウイルス分離培養を行っています
文献 1)。その他にも必要に応じてLLC-MK2、RD-A、SLAM-Vero、HeLa-hACE2-TMPRSS2細胞等を用いることもあります。
96ウェルプレート
細胞1種につき2列ずつ播種し、6種類の細胞が播種された状態のプレートを使用する。
細胞をシート状に育てたウェルに維持培地100μLを加え、呼吸器検体を溶解したウイルス輸送培地75μLを接種します。これを3週間に渡って培養し、その経過を観察します。形態学的変化が見られた場合は24ウェルプレートに用意した細胞に継代し、同様の変化が継承されるかを確認します。
倒立顕微鏡での明視野観察ではプレートのまま生細胞を対物4倍、接眼10倍で観察します。96ウェルプレートの場合、1ウェルの7割程度の領域が1視野に収まります。全体の印象を捉えつつ、個々の細胞の様子も観察が可能です。
CPEを構成する要素とは
「ウイルスによる細胞変性効果(CPE)の観察」のページでは、CPEがウイルスによって生じる細胞の形態的な変化であることをご紹介しました。ウイルスの感染により細胞に生じる変化には、球状化(rounding)、収縮(shrinkage)、屈折性の増加(increased refractility)、融合(fusion)、凝集(aggregation)、接着性の喪失(loss of adherence)、溶解(lysis)が挙げられています文献 2)。これらの現象が様々に組み合わさり、各ウイルスに特徴的な変化がもたらされると考えられています。
以下、拡大表示可能な画像はクリックすると別ウィンドウで表示します。
アデノウイルス感染VeroE6細胞
未感染のVeroE6と比較し、細胞の形態が変化している様子がわかる。細胞の球状化、屈折性の増加、接着性の喪失が組み合わさっていると考えられる。
未感染のVeroE6細胞
細胞が密に接着し、シート状になっている。
CPEを観察する上で心がけていること
検体を接種した細胞の観察は、検体にウイルスが存在するかどうかが分からない状況下で実施されます。そこで、CPEを見つけるために当所のウイルス担当は以下の考えで観察を行っています。
- 「観察している事実」から「検体の持つ細胞毒性の影響」と「未接種細胞の経時的変化」を差し引いて「細胞に変化あり」ならばCPEの可能性がある
- 1.を示す細胞について、時間経過で細胞の変化が進行する場合にCPEの可能性が高くなり、新しい細胞に継代培養して同様の形態学的変化を示せばより一層CPEの可能性が高くなる
- CPEの可能性が高い細胞について、中和試験や遺伝子検査等の他の検査法でウイルスの同定ができたら、ウイルスの分離培養が出来たと判断する
形態学的変化に最初に気づいた時点ではCPEと断定せず、CPEの可能性が高いと判断し得る証拠を重ねていくことが重要ではないかと考えます。そしてウイルスが同定されて初めて、「この変化はCPEだった」と言うべきではないかと思います。
CPEに気づくことが難しい理由は?
顕微鏡による観察で形態学的変化がウイルスによるものなのか判断できないことも多くあります。以下に考えられる理由を列挙しました。これらを頭の片隅に置きつつ観察すると、一見CPEのように見える無関係の変化を除外する助けになるかもしれません。
細胞の状態は一定ではない
細胞は常に代謝しているため、培養している間に形態が変化します。この変化とCPEの違いを見極めることが、CPEを理解する1つのポイントではないかと思います。細胞分裂の際は細胞が丸くなり、細胞が死ぬと収縮して脱落し、培養日数が長くなると”顔つき”が変わってきます。継代数の違い、細胞を継代する人のちょっとした作業の手順の違いなどによっても細胞の状態は変わると言われています。
HEp-2細胞の細胞分裂
2個のHEp-2細胞が上下に並んでいます。両細胞ともに丸くなったあとに分裂する様子が見られます。
(GIFアニメーションでループ再生しています)
ウイルスの種類によってCPEの特徴が違う
同じ細胞でも、ウイルスが変わると異なるCPE像が観察されます(VeroE6細胞における、RSウイルスの例、およびアデノウイルスの例、を以下に示しましたので比較してみてください)。逆に同じウイルスでも、細胞が変わると異なるCPE像を示すことがあります。
アデノウイルス感染VeroE6細胞
細胞の球状化によってブドウの房状と表現されるCPEが観察される。
RSウイルス感染VeroE6細胞
一部の感染細胞が融合し、合胞体を形成している。
ウイルスと細胞の相性がある
ウイルスはそれぞれのウイルスが好む細胞において増殖することができます(下表を参照)。例えばインフルエンザウイルスの場合、MDCK細胞では増殖してCPEを示しますが、HEp-2細胞などではCPEが見られません。細胞にウイルスの受容体がないため感染できないことや培地のトリプシンの有無などが影響すると考えられます。CPEが見られることと、ウイルスが増えることはイコールではなく、ウイルスが増えていてもCPEが観察できない場合もあります。
ウイルスの接種量が一定でない
患者検体を細胞に接種し分離培養を行う場合、含まれるウイルス量は様々です。細胞に接種されたウイルスの量により、CPEが出現するタイミング、CPEが出現する範囲、CPEが拡大する速さが異なると考えられます。
一部の細胞しか感染していないことがある
細胞を培養したプレートを観察すると、そこには細胞の集団が見えます。その集団全てがウイルスに感染して形態変化を示せば、変化に気づくことは比較的容易です。逆に、正常細胞の中に1つだけ感染細胞が混じっていてもそれを探すことは困難です。感染が拡大し、感染細胞の数が増加してくるほど、正常細胞とは違う細胞の存在に気づきやすくなります。
検体中の成分が細胞に悪影響を及ぼすことがある
具体的にどのような物質が細胞に影響しているのかは不明ですが、検体接種後に複数種の細胞において細胞の変性や剥離が見られる場合があります。この場合、継代しても同様の変化は継承されません。
CPE観察の経験値を上げよう
CPEの観察に慣れるためには多くの経験を積むことが必要です。すでに正体が分かっているウイルスのCPEと陰性対象を観察することが、CPE観察の基礎を養うために役立つのではないかと思います。見つけたいウイルスの分離株と培養に使いたい細胞を用意してください。分離株の10、100、1000倍希釈液と陰性対象を用意し、細胞に接種します。1〜2週間に渡り、週に2〜3回の観察を続けてみましょう。続いて検体を接種した細胞の変化を観察していけば、CPEに気づきやすくなるのではないでしょうか。
今後、CPE関連のコンテンツを新たに作成していきたいと考えています。当ホームページがウイルス検査に従事する皆様の一助となれば幸いです。
文献
- Mizuta K, Tanaka W, Komabayashi K, Tanaka S, Seto J, Aoki Y, Ikeda T. Longitudinal epidemiology of viral infectious diseases combining virus isolation, antigenic analysis and phylogenetic analysis as well as seroepidemiology in Yamagata, Japan between 1999 and 2018. Jpn J Infect Dis. 2019;72:211-223.
- Pfeiffer J. K., Condit R. C., and Schoggins J. W. Principles of virology. In: Howley, P. M., Knipes, D. M., and Enquist M. W. et al., editors. Fields virology, 7th ed., volume 4, fundamentals, Wolters Kluwer Health/Lippincott Williams and Wilkins, Philadelphia, PA;2024.p.21-49.